UTMF 2019に参加してきました。(Part7・まさかの結末篇)
4月26日から28日に参加したUTMF(ULTRA-TRAIL Mt.FUJI)、今回は141km地点のA8二十曲峠から先の様子です。
残りはフィニッシュまで25㎞ほど。100マイル完走まであとわずかです。
前回はこちら↓
最初から見る場合はこちらからどうぞ。
A8二十曲峠→A9富士吉田
二十曲峠を出発。終盤最大の難所杓子山への登りへ入ります。
先ほどから降り出した雨はさらに強くなってきますが先に進みます。
先ほどまでの胃のムカムカはとりあえず解消していいペースで進んでいけます。
このあたりで前後10人くらいの集団になって進みます。
雨は気になりますが、前の人についていくと楽に進めます。

だんだんと気温が低くなってきたなーと感じていましたが、動いている限り寒さは感じません。
ところがしばらく進むと雨が雪へと変わってきます。
こんな時期に雪が降るんだなーなんて最初は暢気に思っていましたがだんだんと強くなってきて本降りになります。
それでも雪の中のトレランなんてめったにできない経験だから楽しいなーなんて思いながら進んでいきます。
杓子山の登りは急なところが多く、岩場やロープが設置されているところもある難所。
雪のせいでみんなが慎重に進んでいくのでちょっとした混雑で停滞することもありましたが、完全に立ち止まるところはなかったので特に問題はありません。
ただ、手を使う場所では手が雪に触れてしまうので冷たさを感じます。
ここまで手袋は指先に穴が開いているものを使用していたのですが、岩場の登りやロープ場で手を使うと手がかじかんできます。
これはきついなと思って手袋を雨用のものに履き替えます。
ところが先月骨折した部分の指がまだ完全に治癒せず太くなっているのに加えてこれまでの疲労でむくんでいるのもあってなかなか指が入ってくれません。
苦戦してこれだけで5分くらいかかってしまいました。
この手袋、完全防水ではありませんが夏場の雨の時には蒸れることなく濡れても乾きやすいのでいいのですが、今回は寒さがあるので濡れた部分が冷たく感じます。
防寒用の手袋は別途用意していたのですが、防水ではないのでここでは使用することができず無用の長物になっています。
ここでは防寒で防水の手袋を用意するべきでした。
寒さと雨はそれぞれ別途想定していたのですが、それが両方同時に起こるということを想定していなかったのは自分の甘さですね。
登るにつれてだんだんと登山道が雪に埋もれていきます。

これ以降しばらくは手袋をしていて写真が撮れなかったので画像なしです…
雪が降る中でも杓子山に向けての登りを進んでいきます。
いったんピークのようなところに出ると、そこからはそんなにアップダウンがなく山頂まで行けるはずなのですが雪で滑りやすくなっているので慎重に進みます。
先ほどまで10人くらいの集団だったのがこのあたりでは自分一人だけになってしまいます。
数分前に通った誰かのの足跡がすぐに雪に隠されていき、辺り一面は銀世界の中。
誰の声も聞こえず、雪で音がかき消されて静まり返った空間。
これが山の醍醐味だなと感じたり。
そしてようやく山頂に到着。
雪は5㎝くらい積もっていました。
スタートからここまで下半身はショートパンツにふくらはぎのゲイターという組み合わせで来ましたが、ここでレインパンツに履き替えます。
そうするとものすごく温かい。
これはもっと前に履くべきだったなと。
トレラン大会だとどうしても雨具や防寒具を着るタイミングが遅くなってしまうので、今後はもっと早めにするべきだなと思います。
山頂にいるスタッフの人もものすごく厚着をして寒さに耐えている様子。
自分たちランナーは動いているからまだいいですが、スタッフは動かずにじっとしていなければならないのできついでしょう。
彼らのおかげでレースが成り立っているのだと思うと感謝の気持ちでいっぱいです。
それにしても雪が降っているのは変わらず、これはこのまま夜になったら大変だな。雪が凍ったところに人が大勢通るのは危険だろうし、もしかしたら後ろの方は打ち切りになるかもな、などと思ったりしました。
山頂を過ぎるとは下りに入ります。
雪が降っていなくても滑りやすいところですが、雪と泥とが混じって一歩進むたびに滑ります。
木につかまって、ロープを頼りになんとか下っていきます。
それでも上手な人はいるもので、急なすべりやすい斜面を勢いよく駆け下りていきます。
自分はリスクを負うことを恐れてしまうのでこういうところではどうしても慎重になってしまいます。
スキーをやっている人はこういうのが上手だと聞いたことがあるので、次の冬はスキーにチャレンジすべきかな。
(実は今までスキーをやったことがないのです)
雪の中滑って転びながらなんとかひたすら少しずつ進んでいって、
ようやく林道へと入ります。
この下りでだいぶ苦戦してしまったのでタイムを見ると想定よりも30分以上遅れている感じ。これは目標の30時間は難しいかな。でもここを乗り越えれば間違いなく完走できるはず。
あとはこの林道とロードでエイドに到着だな、と思いましたが平坦な林道でも走ることができません。
二十曲峠で補給して以降、ジェルを受け付けなくなっていたので何も食べていなかったので空腹感を覚えます。
ジェルを食べると気持ち悪くなるので持っていたトレイルバターを食べますが即効性はないものなのでしばらくは空腹のまま進みます。
また、林道の砂利で足に衝撃が来るようになります。
これまで脚だけは無事でいたのですが、ここにきて限界に使づいてきたようです。
それでもちょっと走っては歩いてというのを繰り返して舗装路に入ります。
ここからはA9富士吉田に向けてのロード。エイドまではあと少し。
杓子山の大雪を耐えてよく乗り越えた。あと少しだな、と思うと
今までのUTMFの記憶が走馬灯のようによみがえってきます。
思えばトレイルランニングを始めたきっかけが2012年のUTMFをNHKで見たことだったし、
初挑戦の2015年は100人くらい一緒にコースロストしたり、泥だらけの天子山地にやられて富士宮の関門に間に合わずにエイドに着いた瞬間に泣いたんだよな、とか、
リベンジのつもりで参加した翌2016年は距離が44kmと短くなって、それでも大雨の朝霧高原にフィニッシュしたんだよな、とか
翌日のSTYに参加できることになったのにこちらは大雨でコースが川になっていて太郎坊に着いた瞬間に中止にったんだよな、とか
2017年は開催がなくて2018年から春開催に戻ったのに落選でボランティアしてたんだよな、とか
いままでのUTMFのことが次々と思い出されて、
しまいには涙がこぼれだします。
まるで1987年日本シリーズの清原和博状態です。
まだ泣くのは早い。河口湖にフィニッシュしてからだ。と必死でこらえて先に進みます。
このあたりで下るにつれて雪から雨に変わっていたものも上がって曇り空に。
このままいい天気になって河口湖のフィニッシュで富士山が見られたら最高じゃないか!
そして154km地点A9富士吉田に到着します。

このA9富士吉田は昨年ボランティアをやっていた場所。
場所が変更されたので昨年とは違う場所になるのですが、昨年のボランティア終わりに「来年はランナーとして戻ってきます」と言ったので、それが実現したのはうれしいです。
到着したらスタッフの方が「ここで最後になります」と声をかけてくれます。
そうか、ここが最後のエイドになるんだな。
A9富士吉田到着時:
目標(30時間ペース):27時間10分
タイム:28時間13分6秒
順位:137位(男子126位)
まさかの結末
ベンチに座って吉田のうどんをいただきます。

残りは11㎞。
あとわずかなのでうどんを食べたらすぐ出発しよう。
そう思いながら休憩しているとなんだかエイドの雰囲気がおかしい。
目の前にある掲示板を見るとなんと

「大会中止」
「RACE CANCELLED」
突然レースが終わってしまったのです。
こんな結末ってありでしょうか。
2015年は関門に間に合わずリタイア、2016年は44㎞に短縮だったので、今度こそ100マイル完走と思っていたのですが…
というか100マイル完走できるのは当然で、あとはどれくらいのタイムでフィニッシュできるかが重要だと思っていたのに。
またもや100マイルのUTMFに完走できないということになりました。
残りはわずか11㎞。2時間ちょっとの散歩道ですよ。
制限時間の46時間まであと18時間近く残っているのに…
ようやく天気が良くなってきたのに…
なんでここまで来て完走できないんだよ…
自分はUTMFに完走できない運命なのか…
というわけで今年のUTMFが終わってしまったのでした。



NHKBSでこの大会見ました
「すげえなこれ」って何回もつぶやきながらテレビ見ました
フルマラソン4回分を寝ずに?!しかも平坦な道じゃなくて舗装されてない登りや下り道だし。
このコースを長時間よく走り続けれるなと感心しました
悪天候でレース打ち切りになり2000人以上走ってゴールできたの90人ほどだったそうですね。
日本人の丹羽さんって女性ランナー途中心折れたのかもう無理と泣いてましたね。
サポートの人に励まされてゴールできたみたいですけど。
こんな過酷なレースないわというのが感想でよく写真撮りながら150キロも上のほうの順位で走られたあなたもすごいです!